ステージの向こう側

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ライトがまぶしい。
ステージの真ん中に立つと、客席は光の海に溶けて、ひとりひとりの顔は見えない。
でも、手を振るたびに返ってくる歓声やペンライトの揺れが、確かに「ここにいる」と教えてくれる。

私は、アイドルだ。
名前を呼ばれ、笑顔を向けられる仕事。
だけど、その裏側には、誰にも見せない自分がいる。

初めてオーディションを受けたのは、中学3年の夏だった。
歌もダンスも、特別上手かったわけじゃない。
ただ、「ステージに立ちたい」という気持ちだけは、誰にも負けないと思っていた。

合格発表の日、番号を呼ばれた瞬間、全身の血が逆流するような感覚があった。
家に帰って母に報告すると、泣きながら抱きしめられた。
そのとき初めて、「本当に始まるんだ」と思った。

デビューまでの半年間は、想像以上に厳しかった。
毎朝の発声練習、鏡の前で何時間も繰り返す振り付け、基礎体力作りのランニング。
笑顔の裏で、膝に湿布を貼り、喉の痛みに耐える日々。
家に帰ってベッドに倒れ込むと、もう声も出せないほど疲れていた。

それでも、辞めようとは思わなかった。
同期の子たちと励まし合い、泣きながら練習した夜も、全部「夢の中の出来事」みたいに感じられた。
つらさよりも、「次のステージ」の方がずっとまぶしかった。

 

そして迎えたデビュー日。
客席には、家族や友人、まだ名前も知らない人たちがいた。
イントロが流れた瞬間、体中に電気が走るようだった。
歌い、踊り、笑い、手を振る。
そのすべてが、夢の中で繰り返し見てきた光景だった。

終演後、楽屋に戻っても、心臓の鼓動は止まらなかった。
「もう一度あの景色を見たい」
そう強く思った。

だが、アイドルという仕事は、光だけでは成り立たない。
人気が出れば出るほど、比較され、評価され、時には批判される。
SNSで自分の名前を検索して、心ない言葉に傷つく夜もあった。
笑顔でステージに立ちながら、心の奥で泣いていた日もある。

ファンレターを読むと、救われる瞬間がある。
「あなたの歌で元気をもらいました」
「今日も頑張れたのは、あなたのおかげです」
その言葉が、私の居場所を繋ぎ止めてくれる。

アイドルでいるためには、常に「誰かの希望」でいなければならない。
自分が落ち込んでいても、ファンの前では笑顔でいなければならない。
それは嘘ではなく、使命だった。
「今日この瞬間を楽しんでもらいたい」――そのためなら、何度でも立ち上がれる。

一方で、年齢を重ねるにつれて、将来のことも考えるようになった。
「いつまでアイドルでいられるのだろう」
その問いは、答えが出ないまま、胸の奥で静かに揺れている。 

それでも、私は今、この瞬間のステージが好きだ。
リハーサルで何十回も繰り返した振り付けが、スポットライトの下で形になる瞬間。
客席からのコールが、音楽と混ざって会場全体を包み込む瞬間。
その一秒一秒が、私の生きる理由になっている。

今日もライブが終わったあと、ファンの子が泣きながら言ってくれた。
「ずっと応援します」
その言葉を信じて、明日もまた練習場に向かう。

アイドルというのは、儚い存在かもしれない。
いつかは終わる時間の中で、必死に輝こうとしている。
でも、その一瞬の輝きが、誰かの心に残るなら、それは永遠になる。

私は、今日もステージに立つ。
照明が落ち、暗転の中で息を整える。
再びライトが当たった瞬間、笑顔を咲かせる。

客席のペンライトが揺れ、名前を呼ぶ声が響く。
そのすべてを胸に刻みながら、私は歌う。

「この景色を、あなたに届けたい」
それが、アイドルとしての、私のすべてだ。

最後の曲が終わると、会場の空気がふっとやわらいだ。
暗転する寸前、客席に向けて深くお辞儀をする。
その一瞬だけ、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえる。

袖に戻ると、足が少し震えていた。
息は上がり、喉はからから。
けれど胸の奥は、熱でいっぱいだった。

ふと、楽屋のドアが開き、マネージャーが小さな花束を差し出した。
「お疲れさま」――その短い言葉に、堰を切ったように涙が溢れた。

鏡の前で、ステージメイクのまま泣き笑いする自分を見て思う。
「私は、今日も生きている」
この仕事が、私の命を燃やしてくれている。

ペンライトの海、名前を呼ぶ声、伸ばされた手。
それらすべてが、これからの私の背中を押し続ける。

ステージの時間は限られている。
でも、ここで見た景色は、一生消えない。
私はまたあの光の中に戻るために、何度でも立ち上がるだろう。

――そして、次のステージが、もうすぐ始まる。